(1)

――西尾会長のお柵から―― 藤本 猛

 昨年は、エルニーニョ現象で世界的に異常気象が起きました。
 日本も、暖冬の影響で桜の開花が二週間も早く、四月に入ると初夏を思わせる汗ばむ日が続きました。
 このため、植え替えや、芋吹きなどの作業も、例年にくらべると早くなったことでしょう。
 これらの作業が一息つくと、実生家の楽しみといいますか、苦しみとも言えるのでしょうが、交配の季節がやって来ます。

 私の実親は、昨年から花芽の付かない、いわゆる休養中の実親が多くなって、ぼやく苦しみを味わっています。
 この中にあっても、西尾会長から譲ってもらった数本の実親は形は小さいが立派な花が来ています。なぜなのだと驚くばかりです。斑が入った千代田獅子の実親を手にした西尾会長
 これにはきっと、何か与えている肥料に秘訣があるはずと考えました。

 そこで、この目で確かめる為に、『思い立ったが吉日』とばかり西尾会長に連絡を入れました。

←西尾会長

▼花を咲かせる秘訣を知りたい

 五月八日の金曜日、大阪の淀屋橋から京阪電車で三八分、淀の京都競馬場の一つ手前の八幡駅で下車すると、ニコニコ顔の会長が出迎えてくれました。 八幡駅からは、車で約六分ほどでご自宅に到着です。

 会長のお宅は、江戸末期に建てられた旧家で、格子戸を開けて入ると、中は広い土間、太い柱、高い天井など、時代劇に出てくるセットかと、見まごうほどの歴史を語る旧家です。

 西尾さんの先祖は武士ですか、それとも庄屋だったのですかと尋ねると、顔を横に振って「そんなこと、どうでもいいんじゃないの」と、笑いながら煙にまかれてしまいました。

 広い裏庭には大きな蔵もあり、実親や、実生、時代物のハウスも見えます。子犬の時から知っている、気の弱い番犬が尾を振りながら、恥ずかしそうに顔を横に向けて私を迎えてくれました。
 少し歩くと、右手に千代田系の若木が、ぎっしりと並んでいて壮観です。

 来年、花が来そうな物もあり、約三二○鉢ほどあるそうです。
 私の自宅の、猫の額ほどの小さな庭と比べると、なんとも広いお庭です。期待されている千代田系の実親
「ここに有る物は、私が一番期待している千代田系の獅子や、羅紗千代田を生やす実親でしてね、早く花芽がきてほしいんですがね、なかなか思うようになりませんね」

来年、何本ぐらい花が咲いてくれるか、楽しみにしているそうで、中でも、千代田斑が入っている獅子が、数本あってとても気になりました。

「今年は、花が咲くのが早いですね、予定が狂って大変ですよ、今日も、朝がた三時まで交配してたんですよ、これから、毎日この時間まで夜なべをすることになるでしょう。後で見てもらいますが、実親の花房はほとんど黄色くなって来ていて、少々焦っていますから」と、苦笑い。

 そういえば、会長の目が少し腫れぼったく見えます。
「今日は、ゆっくりしていって下さいよ」と、疲れているのに優しい言葉が帰ってくる。何とも申し訳ない気分です。

[表紙へ戻る] [(2)へつづく]