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【実親の改良】

 つづいて実親の改良について質問しました。

「玉松作出の交配を三年間ぐらい繰り返しましたが、全く羅紗千代田は生えなかったね」
「別の松谷F1の花粉が付いていたかもしれないね。玉松が生えたときの黒い羅紗は特二、特三と名付けて、今も使っている貴重な実親ですよ」

「さらに良い羅紗千代田を作出するために、宝生園(先代)さんから大判黒とか仁兵大宝黒などを分けてもらいました」

「羅紗千代田を研究しているうちに、羅紗千代田獅子も全国で一番のりをしなくてはと考えまして、十年ぐらい獅子ばかりに交配したね。よくも続けたと思うよね。それが今の獅子の基礎となっているんですよ。斑はないですが、羅紗獅子はけっこう生えてきていますよ」


【淘汰】

─生えとか、親木の淘汰はどのようにされてますか。

「初花は、一回の交配で処分すっからね。毎年、二百〜三百本は処分しないとね、A棟に入りきれないよ。正月に種を蒔き加温して、春先には結果がでますから、これを見てね、駄目な親木は毎年三百本はゴミ袋に押し込んで捨てるよ、十袋以上あったね」

「津島の平野さんに、供養塔を立てろと何度も言われてますよ」(笑)
「毎年、葉型は三百本ぐらい取り上げますから、約一万粒の中から三百本だから、これは真剣勝負ですよ」

「昨年の生えも、二才で様子を見ながら、気に入らなければ七十本から八十本は捨てますよ。陶芸家が気に入らない物は割ってしまうのと同じだね。私なりの基準なんだけどね。置いておくスペ―スが決まってますから、残せないんだね、辛いことですよ」

 縁のあった物だけが残っていくそうで、真に勿体ない話です。

「いやいや、話し過ぎたね。そろそろ棚に行きますか」と、合図がでました。
 待望のご対面です。


【実親A 棟】

 玉松庵の表札が掛けられた門を通りぬけ、茶室を右に見て石畳を進むと立派なハウスが建っています。これが実親のA棟です。

 なんと美しい棚でしょう。十坪に羅紗千代田の実親が中央に四百鉢、千代田獅子二百鉢。左回りで熊谷さんの後を付いて行きます。

「今年は、期待した実績のある雄木全部に花が来なかったよ。別の雄木を使ったが実付きが悪いね。M平七―一〇〇(西山口)を雄としたものは良く実を付けているね」

 ぐるりと回る間に、特に解説していただいた実親は、判松(四九号)、大松、北石(五―二)、寒山、芳重(五四号)、天山(九―一)、大福、福松、山翠、万松、松山、泉一号、盤松獅子など、そして、一本ずつ大判、仁兵大宝、根岸晃明系と解説していただいた。

「実績が良いと、うちのおもとは符号から昇進して命名されるんだよ」

 身震いするほどどれも素晴らしい。

「秋には、黒い菊鉢の五号に変えようと思っているよ、赤鉢の五号の大きさで、内側は六号ぐらい広いからね」

 なるほど、これを使うと数が増やせる算段のご様子です。


【実親B棟】

 つぎは、B棟に移動しました。
 このハウスは実親候補を培養中、ポット植えもあります。

 ここでも目を見張りました。草一本生えていません、勿論葉ボチ、スリップス傷なども無く約三三○○鉢が整然と並んでいる。

 植え替えは全て、毎年必ず行うそうです。

「六百鉢ぐらいが一斉に咲いた時は、日数、時間が足りません。必然的に自家受粉となってしまいます」

「完全除雄すっから時間がかかってね、勤めていた頃は四百鉢がせいぜいだったよ」


【実生に専念する決意】

「三年前に泉郵便局が統合されて、私に転勤命令が出たんですよ。で、おもとを取るか転勤するかと相当悩みました。これまで、おもとに真剣に打ち込んできたから、やっぱり、おもとを捨てるわけにはいかないと決断して五七才で辞めましたよ」

「この時、これから先何回交配出来るか考えると、せいぜい十五回から二十回ぐらいですよ。この時から、交配は真剣勝負になりましたね」


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